私鉄ローカル線
1913年下津井軽便鉄道として開業、1949年に電化され下津井電鉄となり、宇野線の茶屋町
から下津井まで21.0kmを結んでいました。鉄道路の整備とバスの発達による乗客の減少によ
り、1972年に茶屋町~児島14.5kmが廃止され、児島~下津井間の僅か6.5kmのみ運行され
ていた。国鉄線との接続もなく、下津井-丸亀フェリーと連絡するために残されたような路線
であった。1988年の本四備讃線(瀬戸大橋)の開通を控え、観光路線への転身を図りました
が奏功せず、1991年に全線廃止された。最後まで762mm軌間でした。
≪ 下津井駅にて ≫
「赤いクレパス」号 ” モハ1001 ”
※ 1983年、旅客誘致策として、モハ1001の車両内外に乗客が自由に落書き
できる電車「赤いクレパス号」が登場、「落書き電車」として有名になった。
” モハ103 + クハ24 ”
1961年ナニワ工機(現アルナ車輌)
製の自社発注車。主力として活躍し
ていました。
廃止後は下津井で保存。
” モハ103+クハ24 ” 後方は ” モハ1001 ”
※ 下工弁慶号
東京石川島造船所1907年製で、徳山海軍燃料廠を経て下松工業高校にて保存され
ていたボールドウィンタイプのナローSLであり、1988年、下津井電鉄に貸与され、客車2両
を牽引して下津井駅構内で運転されていた。廃線後、文化遺産として各地で展示さ
れ、2014年1月現在、下松市役所グリーンプラザ展示格納庫に展示されている。
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